二度と過ちを犯さないために
痴漢は依存症
痴漢や盗撮といった性犯罪の加害者が教師や公務員、大手企業の社員などであると、どうしてこんなくだらないことをしてすべてを棒にふるのだろう、と理解できない気持ちになります。
最近では、性犯罪は依存症の一種であり、治療が必要だと考えられるようになりましたが、夫が加害者となった時に、病気だからと許せるかというと難しいものがあるでしょう。
痴漢や盗撮で逮捕された男性は決まって初犯だと主張するようですが、実際は過去に何回も行った末にとうとう捕まったというケースが多いと聞きます。
逮捕された時に「これでやっと止められる」とむしろ安堵する男性もいるそうで、意志の力で止められないのが依存症の特徴でもあります。
自分でもわからない出来心
しかし私が相談を受けたTさん(38)は本当に初犯でした。エリート社員で物腰も柔らかい、見るからにまじめそうな方です。
それゆえ、自分が自分の行動に一番驚いており後悔が尽きないようでした。
Tさんはこんなことを話していました。
(ご相談内容は個人が特定できないよう変更を加えてあります)
私は本当に、本当にこれまで痴漢なんてしたことがありませんでした。
混んだ電車では胸にカバンを抱えていることが多く、女性と直接触れた記憶がないのです。
しかしその日の朝の満員電車では、若い女性と正面から抱き合うような格好で体がぴったり密着してしまいました。
どうしてなのかわかりませんが、その時”チャンスだ”という思いが脳裏をよぎりました。
そして右手で女性の尻や腿をさすってしまったのです。
次の駅までの数分間触り続けました。
駅でさりげなく降りようとした時に女性に腕をつかまれ、駅員を呼ばれました。私は頭が真っ白でしらばっくれる余裕もなく、正直に犯行を認めました。
弁解でしかありませんが、これまでそういう衝動を覚えたことはありません。
その日も普通の朝で、何か悩みやストレスがあってむしゃくしゃしていたとかいう訳でもありません。
自分でもなぜそんな出来心が湧いたのか、全くわからないのです。
当然家族が知るところとなりましたが、私の父親がすぐに弁護士を手配してお金も用意し、示談にしてくれたおかげで不起訴となりました。
会社にもなんとか知られずに済みました。
しかしショックを受けた妻は6歳の子を連れて実家に帰ってしまいました。
まだ離婚を言い渡されてはいませんが、「しばらく考える時間がほしい」と言われ、受け入れるしかありませんでした。
あんなばかげた行動で家族を失ってしまうなんて後悔してもし足りません。
Tさんは泣きながらそう語ったのでした。
妻とやり直すには
Tさんの相談は次の2点でした。
①なんとか妻とやり直したい。
②今後またやるつもりは全くないが、自分で自分が信じられなくなった。もしまたやってしまったらどうしようと思うと恐い。
妻の気持ちをすぐに変えることは難しいと思います。
他の犯罪と違い、夫が性犯罪の加害者となった場合、妻が離婚する確率が高いと聞いたことがありますが、女性としての生理的嫌悪感から夫と生活できなくなるのでしょう。
もしTさんの妻が「どうしても気持ち悪いから別れる」と決意したら仕方ありませんが、反省の意を何とか認めてほしいものです。
潮「いまTさんからうかがった話に嘘はないと私は思いました。奥様になんとか会ってもらい、同じようにお話ししたらどうでしょうか。Tさんが”チャンスだ”と思ったことなど、奥様にとって腹立たしい事実もあると思いますが、そのあたりの心理をごまかして話しても納得できないでしょう」
Tさん「なぜあんなことをしたのかわからないんですが、わからないなんて言っても理解してもらえそうもありません」
潮「でもわからないのが真実ですから、そう伝えるしかないのでは・・・」
痴漢をした男性へのアンケートでは、初めてしたきっかけは「たまたま」と言う人が結構いるそうです。
再犯を繰り返している人なら「ストレス発散」「達成感」「征服欲」などの理由を挙げるのでしょう。しかし初めてのきっかけは、偶然の接触によるものが多く、捕まらずに済んだ安堵感がやがて達成感に変わりまたやりたくなる、という依存のプロセスをたどるということです。
Tさんは初めての痴漢で捕まったために、その恐ろしい依存へのプロセスをたどらずに済んだ、ある意味、不幸中の幸いだったとも言えます。
潮「奥様にはこれからどのように再発防止をするかというプランを提示し、日々それを実行している姿を見せていくしかありません。時間がかかるでしょうがTさんが真摯に反省し努力している姿に、いつか奥様の気持ちが和らいでいくのを待ちましょう」
と伝えました。
再発防止のためには
「なぜあんなことをしたのか」と自己分析することも大切ですが、今必要なのは二度と過ちを犯さないことです。
Tさんは、「これまで自分の中に眠っていた悪魔が目を覚ましたのかもしれない」という不安に怯えています。一度起きたことはまた起きるのではないか?と。
これは誰にも予測できません。
でもTさんに限らず、ある日突然予想外の「出来心」に支配されることは、誰にでも起こり得ます。
だとすると、未来のことを案じて怯えても仕方ありません。
万一そうなった時にどうするか、対策をしっかり立てておくことが大切です。
Tさんは次のような対策を決めました。
・ラッシュになる前の電車に乗り、会社近くのカフェで出勤まで過ごす。
・電車が混んできたら、たとえ遅刻したとしても降りる勇気を持つ。
・降りられなかったら両手で網棚のバーをつかむ。
・万一魔が差したらスマホに保存してある妻子の写真を見る。
・本当に危ないと思ったら「わっ」と声を出す。おかしな人に思われるだろうが、周囲に注目されるので痴漢行為はできないだろう。
Tさんは、この決意を忘れてしまわないよう、自分が書いたプランを日々読み返すことにしました。
Tさん「本当にメンタルがきつくなっているのは妻のほうです。できたら妻にカウンセリングを受けさせたいのですが、私からはなかなか言えなくて・・・」
結局Tさんの奥様が来談することはありませんでした。
しかしTさんは謝罪と説得を続け、妻子は子どもの小学校入学を機に自宅に戻ってきました。
Tさん「まだよそよそしい関係が続いており、”やっぱり無理”と言われるのではないかと恐いのですが、毎日の生活で少しでも家族での楽しい瞬間があるように努力をしていきます」
ということでした。
その後どうされたか、私にはわかりません。
こういうケースは何年も経ってから離婚となることもあり、結局どうなったと結論づけることはできないのですが、奥様の許しを得てやり直せていたらいいなと、時々思い出しています。