女性装を楽しみたい

 

LGBTという呼称はここ数年で急速に広まりました。ほとんどの成人が一度は聞いたことがあると思いますが、LGBTとは、レズビアンやゲイ(同性愛)、バイセクシュアル(両性愛)、そしてトランスジェンダー(性別違和)のことです。

ある統計によれば、日本の全人口の13人に1人がLGBTということで、決して少ない数字ではありません。

しかし私個人のクライエントでいえば、バイセクシュアルを主訴とする方は一人も受けたことがありません。
といってもバイセクシュアルの方が相談に来ないのではなく、バイセクシュアルであること自体に悩んではいないので、”主訴”ではないという意味です。

バイセクシュアル関連の悩みは2通りあって、1つは、

“出会い系で男性と遊ぶのが趣味なのだが、妻にその嗜癖がバレて険悪になっている”

というものと、

“妻に女性の恋人がいたことが発覚しショックを受けている”

というものです。

バイセクシュアルの場合は異性と普通に結婚したり、子どもを持ったりできるので、本人的には困っていないことが多いのですが、パートナーにバレて揉めた時に慌てて相談に訪れるのです。

こういった方の場合は、パートナーの理解をなんとか得られるようきちんと話し合いコミュニケーションを図っていくことになります。

トランスジェンダーといわれる、自身の性別に強い違和感があり性別を変えたいと真剣に考えている方の場合は、精神科医の受診が必要なため直接当事者カウンセラーに相談します。
ただ、性別違和ではないものの、女装に憧れがあり、そんな自分はおかしいのか、と悩む男性が来談することはあります。

 

女性の服装を身に着けたい

最近女装癖の男性が増えているような気がします。
あるいは世間でそれなりに認知されてきたので、1人で悩まず人に話せるような雰囲気になってきたのでしょうか。
“女装娘”と言われる、ファッションとして女装を楽しむ男子が一時期流行しましたが、彼らが新しい女装文化を作ったのかもしれません。

しかしやはり年齢の高い男性の場合はまだ自分の性癖に真剣に悩んでいると思います。
(ご相談内容は個人が特定できないよう変更を加えてあります)

Kさん(42)は見た目にも真面目そうな銀行員です。
ガタイがよく髭の剃り跡も濃い中年男性で、結婚14年、2人の子どもがいます。女性への性欲は普通にあり、妻の前にも結婚後にも風俗で遊んだことがあります。

しかし2年位前から女装に憧れるようになりました。
きっかけは宴会の罰ゲームで化粧を施されミニスカートを身に着けたことでした。何かザワザワしたいいようのない興奮があり、幸せな気分になったそうです。
その後、またその気持ちを味わいたくて化粧品や女性の服を買い集め、駅のトイレで着替えて深夜誰もいない暗い夜道を歩いたりしました。
人に見せたい気持ちよりも知り合いにバレることの恐さの方が勝り、30分もしたらすぐにまた脱ぐ、という行為を繰り返してきたのだそうです。

Kさんは自分の心の変化が理解できませんでした。これが世にいうLGBTなのか、と疑いあれこれネットで調べ上げました。

 

自分はなぜ女性装がしたいのか

Kさんにわかったことは、

・自分の性的対象は女性である。

・男性とセックスすることは想像しにくい。

・女性の格好をしたいし、女性らしい肉体になってみたいとは思うが、手術をして女性になりたいかというとそんな勇気はとてもない。

では、自分は何なのか?軽度のトランスジェンダーなのだろうか?

自らのアイデンティティが揺らいで混乱してしまったKさんは、カウンセリングを受けて自分の気持ちを確かめたい、と相談にみえたのでした。

トランスジェンダーの当事者から聞いたことがあるのですが、女装癖と性別違和(性同一性障害)を混同している男性がとても多いそうです。
それを見分ける基準として、性別への違和感は5歳頃から漠然と覚えるものであり、成人してから突然出てくることはあまりないこと、本物の性別違和であれば、現在の性別の肉体に嫌悪感があることがポイントだとのこと。

女装することで性的興奮があるだけならそれは単なる性嗜好の一つであり、特に害があるわけでもないし、バレないようにやって楽しめばいい。だからまずは、女性になりたいのか女装癖なのかを見極めるため、長時間女装して確認してみればいい、ということでした。

女性装が嗜癖なのか確かめる

専門家のアドバイスにならって、私もKさんに提案しました。

潮「今のように短時間コソコソと変身しているだけでは、自分が女性になりたいのか女装癖なのかよくわからないでしょう。だからいっそ本格的に女装してみて、自分の気持ちをちゃんと見つめ直してみればいいのでは?」

Kさん「そもそも化粧品や女性の服を自宅の押入れに隠すだけでも大変なんです。会社のカバンに入れて持ち出すのも限界があるし、長時間女性になるのは難しい」

とのことでした。

潮「では思い切って一定の期間、女性になるための部屋を借りたらどうですか?その部屋に必要な道具を常備し、部屋の中で女性として好きなように過ごす。それだけでも気持ちが落ち着くかもしれませんよ」

という提案を受け入れ、Kさんは“女装部屋”としてウィークリーマンションを借りたのでした。

結果はというと、自由に女装できるようになったので衣装や化粧品が激増し、その部屋で過ごす時間も長くなりました。
そこで鏡を見てうっとりと楽しんだり、自分の姿をオカズにマスターベーションをしたりするそうです。
外に出たいという衝動もあり、たまに変身した状態で外を歩くこともあったのですが、いかつい骨格のためいくら女装をしても女性に見間違えられるほどのレベルには届かないことを、道行く人の好奇の視線や嘲笑で肌身に感じたのでした。

後日私が「もっと自分を磨いて女性に近づきたい、というのはありますか?」

と聞くと、

Kさん「いや、意外とそれはなかったんですよ。やはり私はトランスジェンダーじゃなかったんですね。なぜ女装で興奮するのか、こういう性癖に目覚めちゃった理由はわからないんですが、少なくとも女性になりたい、完璧な女性として見られたいというのではなかったみたいです」

とのことでした。

 

Kさんはその後も女装部屋を気分転換の場として使っています。
しばらくして飽きてきたらこの趣味も自然とフェイドアウトし、元のKさんに戻るのかもしれないし、だんだんエスカレートして、奇異の目で見られようとも女性装で街に繰り出すようになるのかもしれません。
ただ、自然に飽きるのであれば問題ないのですが、その嗜好が継続するようであれば家族に永久に黙っているわけにもいきません。
いつかはカミングアウトし家族の理解を求める局面に向き合うことになります。
その時に自分はどうしたいのか、考えておく必要はあると思います。

単なる趣味にとどまっているのであれば、家族にバレて揉めるリスクと多少の浪費を除けば他人に迷惑のかからないごく個人的な嗜好だとも言えます。
性癖が深刻な悩みになるかどうかは本人の気持ちと環境次第と言えるでしょう。